監督に嫌われているのは自分のせい。

昨日、カフェにいる時のこと。

 

隣のテーブルから、

このような会話が聞こえてきました。

 

それは、

「俺は昔、監督に嫌われていたから

野球の試合に出れなかった。」

というものです。

 

確かに、

日本の部活動においては、

監督が絶対的な権力を持っている

ことが多いですから、

 

出場する選手を決めることができる

監督に嫌われるということは、

出場する可能性が減る。

 

といっても間違いではないでしょう。

 

ただ、

よくよく考えて見ると、

この考えは少しおかしいことに

気が付きます。

 

例えば、

松坂大輔のような

豪腕ピッチャー(A君としましょう)

がいたとします。

 

ただ、このピッチャーは

監督に嫌われています。

 

この時、

A君が試合に出れなければ、

この野球チームはどうなるでしょう?

 

「こんな属人的な采配をして、

チームを勝利に導かないチームは

駄目だ。」

 

といって、チームを離れる人が

沢山出てくるでしょう。

 

A君も、他のチームに行くという

決断をするかもしれません。

 

しかし、

能力がほとんど同じような

選手が二人いれば、

 

監督は好きな選手を起用するでしょう。

 

つまり、

何が言いたいのかというと、

 

「監督に嫌われているから

試合に出れなかった」

 

というのは、

自分を正当化している

だけかもしれない。

 

ということです。

 

監督のせいにすることで、

自分は努力する義務から

開放されます。

 

そして、努力から開放される

状態というのは、いわゆる「楽」

な状態です。

 

いちど状況に陥ったら、

再び努力する状態に戻ることは

難しいでしょう。

 

 

 

これはあくまで例え話であり、

実際にはどれだけ能力が

あっても試合に出れない選手も

いると思います。

 

ただ、

試合に出れないことに関し、

自分に落ち度はないのか。

 

という点について考えないのであれば、

それは怠慢と言われても仕方がないかも

しれません。

 

誰かのせいにするのは簡単。

 

だからこそ、

常に自分の責任と考える癖を

付けるよう、

 

日々意識しないといけないですね。