何かを学ぶ時は、常に「教えることができるレベル」を意識する

新しいことを学ぶ時は、

できれば効率的に知識を

吸収していきたいですよね。

 

世の中の流れが早くなって

いるからこそ、

勉強のノウハウ本の出版も

増えているように感じます。

 

その中には、色々なノウハウが

散りばめられており、

それぞれ役に立つものばかりですが、

 

それでも、学びに関する本質的な

部分は忘れてはいけないのでは

ないか、

 

という気がしてなりません。

 

なぜなら、学びの本質を知らずに

各論に走ったとしても、

 

最終的にそれが効率的な道では

ないことが多いからです。

 

では、勉強における王道とは

何なのでしょうか?

 

これに対する答えの1つは、

「教えること」と

言えるでしょう。

 

何かを学び、理解をするということは、

抽象的な概念が分かる。

 

と言い換えることが

できます。

 

例えば、

数学で微分を理解する

ということは、

 

接線の傾きを理解することであり、

 

接戦の傾きというのは、

抽象的な概念です。

 

ただ、微分とは接線の傾き、

ということがわかったとしても、

 

相手にそのまま伝えた所で、

分かってはくれないでしょう。

 

接線の傾きという抽象的な

概念に至るまでのステップの

どこかで抜けがあれば、

 

そのポイントで詰まってしまう

からです。

 

そういった場合、接線の傾き

という概念を、

 

どこまでも具体的に

落とし込んで説明しなければ、

 

相手は理解してくれないでしょう。

 

逆の見方で考えていくと、

相手が知っている具体的な

世界を理解できれば、

 

その世界観に合わせて説明を

することによって、

 

理解を促進することができる。

とも言うことができるでしょう。

 

そう考えると、

自分で理解したと思ったとしても、

理解に至った道のりをしっかりと

記録に残さなければ、

 

相手に説明することはできない。

ということになります。

 

そして、相手に説明することを

前提に何かを学ぶということは、

抽象的な概念を、誰でも分かる具体の

レベルにまで落とし込むことですから、

 

教える、という行為を通じて、

自分自身の頭の中を改めて

整理することができるように

なるのです。

 

自分の既存の知識を改めて

棚卸しするという観点でも、

相手に教えるということは

非常に大切なことと言えます。

 

これから何かを学ぼうと

考えている方は、

 

相手に教えるということを

意識すると良いかもしれません。