環境の影響を受けない何て、あり得ない

久しぶりに実家に戻りました。

 

自分の部屋に入って、

学習机を見ながら、

 

「この机に座って勉強した時間は、

ほとんどゼロに近いだろうなあ」

 

としみじみ感じました。



社会人になってさえ、

部屋で一人で仕事をすることが

難しいのに、

 

気が散りやすい学生時代に、

部屋で

(しかも一人部屋で!)

 

勉強ができるというのは、

よほどの強い意思を

持っている人でしょう。



そういえば、

ひと昔前には、

勉強スペースのようなものが

非常に流行りましたね。

 

これは、

お金を払って共有スペースを

使う権利を買うようなイメージ

なのですが、

 

こういったスペースが

流行したもの、

 

ひとえに

「自分ひとりでは勉強できない」

と考えている人が多いから。

 

に他ならないでしょう。



そして、この点について

違う見方をしてみると、

自らが強い意思を持たなければ

自ら勉強をしない環境に身を置く。

 

というのは、その環境にいるだけで、

常に誘惑と戦わなければ

いけなくなりますので、

 

自分にとっては認知メモリを

大量に消費し続けている

ということになるのです。

 

認知メモリが消費されれば、

誘惑に打ち勝つことが

難しくなりますので、

 

どこかのタイミングで、

本棚のマンガに手が伸びたり、

携帯に手が伸びたりしてしまうのでしょう。

 

つまり、

一人部屋で勉強をするということは、

自らメモリを消費する場所に

身を置いている。

ことに他ならないのです。

 

脳のメモリというのは

限られていますので、



そういった部分で大切なメモリを

使ってしまうのは

非常にもったいないですよね。

 

だからこそ、

メモリを消費しないような

環境に身をおくことが、

 

極めて大切になってくるのです。



簡単な方法としては、

カフェに行く、

 

などの方法でも良いでしょう。



カフェにマンガは基本的には

置いていませんので、

 

勉強に集中せざるを

えません。

 

つまり、

余計なことが考える必要がなくなるのです。

 

この時、

一番大変なことは、

「カフェに行く」

という意思決定をするだけです。

 

まあ、この意思決定を

することも

簡単なことではないですが、

 

少なくとも、

一度意思決定をするだけで、

その後はメモリの消費がないと

考えると、

 

カフェに行かない。

という選択肢はなくなるのでは

ないでしょうか。



カフェに行く。という決断は

小さい決断かもしれませんが、



その決断が繰り返されるにつれて、

どんどん差が広がっていくが現状です。



だからこそ、

小さい意思決定で大きな効果が

得られるもの。

 

そして、

自らメモリを使わない環境を

選び続けること。

 

を意識して実行することが

大切と言えるでしょう。