慣れるまでの強制力に耐えられるかどうか

最近

ノートパソコンを買い換えた

のですが、

 

新しいノートパソコンでは、

キーボードの配置に慣れるのに

結構な時間がかかりました。

 

その際、

配置になれる時に意識したこととして

自然なキーボードの位置を覚える。

 

という点がありました。

 

どういうことかというと、

今まで使っていた

ノートパソコンに合わせた

指の配置ではなく、

 

どのノートパソコンでも

使えるような指の配置に

変えるように心掛けたのです。

 

この時、はじめは慣れるまで

結構な時間がかかりました。

 

何せ、無意識のうちに

昔の指の配置に戻ってしまいますので、

 

常に意識して指の配置を変えなければ、

昔のままになってしまうのです。

 

そして、意識することによるストレスから、

昔のままの指の配置でも良いのではないか

と思ったことも何回もありました。

 

ただ、長い年月で考えたら、

正しい配置を身体に叩き込む方が

よほど大切である。と考え、

 

時間をかけて正しい配置を

身体に染み込ませていきました。



そして、数週間もたつと、

新しい配置になれるのですから

不思議なもの。



さらに、新しい配置に慣れると、

昔の配置に大して強烈な

違和感があることも新しい収穫でした。

 

どれだけ間違ったことであっても、

時間が経つにつれて、

 

その間違った型に

身体が慣れてしまうのでしょう。



そう考えると、

自分には無数の

悪い型が身についている

可能性がある。

 

ということが分かってきます。

 

結構恐ろしいことですよね。

 

この時に意識しておきたいのは、

 

自分の型は基本的に

間違っている可能性がある。

 

ということをしっかりと

意識しておくこと。

 

そうしなければ、

改善されることはありません。



常に自分が間違っているという

習慣を身につけることで、

 

改善の種を発見していくのです。



ちょっとした型の違いでも、

それが長い年月として

積み重なっていくと、

 

意外に大きなインパクトがあるもの。

 

だからこそ、

どんな小さい癖も見逃さずに、

自分を躾け、

 

改善を繰り返していきたいですね。