1分で分かる哲学などない。徹底した反復を繰り返すのみ

最近、即効性を求めるような本の

売れ行きが良いように感じています。

 

とはいうものの、過去の歴史を振り返ると、

どの時代でも即効性がある本は

売れ行きが良かったのでしょう。

 

なぜなら、人は楽して多くの果実を得たい。

という本能があるからです。

言い換えると、人は苦労を避ける。

とも言えるかもしれません。

 

ところで、日本以外の国で生まれた人が、

大人になってから日本語を学ぶ場合、

どれだけの時間が必要になるでしょうか?

 

少なくとも、

本を一冊読めばマスター。

といったことにならないことは

簡単に想像できるでしょう。

 

しかし、一冊で日本語マスター。

といった本を見つけると、

ついつい興味をもってしまうのです。

 

結果として、その本を読んだ所で

日本語が読んだり書けたりするように

なることはありません。

 

地道な反復継続によってのみ、

スキルが身についていくのです。

 

そう考えると、哲学といった分野においても、

流し読みできるような本を一冊読んだだけで

過去の哲学者の考えをマスターできるとは

考えない方が良いでしょう。

 

哲学というのは、過去の哲学者が

苦しんで、苦しんで、その中で

紡ぎだされた言葉です。

 

つまり、その小さい言葉の背景には、

莫大な思考の集積があるのです。

 

その集積をすることなく、

上澄みだけを取ったとしても、

その上澄みはすぐに消え去って

しまうでしょう。

 

結局のところ、反復継続以外に

自分の血肉にする方法はない。

と言えるかもしれません。

 

5分の哲学ではなく、

5年の哲学。

 

といった意識をもって、

自分の哲学辞書

(自分の考え方を纏めたもの)

を1ページずつ作っていくことが、

長い目で見た時に大切になってくる。

と言えるでしょう。