自分の核を作るからこそ、人との交流が生きてくる

人と会話をすることによって、

新たな気づきを得ることができる。

という人がいますよね。

 

この言葉を聞いて、良くわかるような、

分からないような、と考える方も

少なくないのではないかと思います。

 

むしろ、「会話してても別に

気付き何て生まれない」

と思っている人の方が多いかもしれません。

 

この、会話による気づきを、

違う観点から見ていこうと思います。

 

例えば、ダイナマイトがあったと

しましょう。

 

このダイナマイトは、火をつけると

一気に爆発しますよね。

 

つまり、もともと内部にあったエネルギーが、

火というものをきっかけとして、

一気にエネルギーが放出されたのです。

 

一方、ダイナマイトでも

水にひたしてしまえば、

火をつけても爆発はしないでしょう。

 

つまり、何が言いたいのかというと、

相手との会話においても、

何か新しい気付きを得るということは

ある種のエネルギーが爆発したような

状態であり、

 

閾値が存在しているのです。

 

その閾値は人によって異なり、

常にアンテナを張っている人や、

あることについて深く考えている人は、

閾値が高い人ということができるでしょう。

 

一方、毎日テレビだけを見ていて、

能動的に考えていない人は、

その閾値が低いといえるかもしれません。

 

自分がその閾値を高める努力を

していない限り、相手との会話で何かの

気づきを得ることは難しいといえるでしょう。

 

そしてこれは、あなたのことに限ったことでは

ありません。

 

同じように閾値が高い人と会話をしない

限り、あなたの中で新しい気付きを得る

ことができる可能性は低いといえるでしょう。

 

極端な話、「うざい」を連呼している

人と話をしたところで、

新しい気付きを得ることはないのです。

 

結局のところ、閾値が高い人は、

閾値が高い人と接することで

更に高い気付きを得ることができる。

 

そして、閾値がさらに高くなる。

という好循環が続いていくのでしょう。

 

そのためにも、まずは自分の閾値を高める。

という努力を重ねることが大切と

言えるかもしれません。