人を変えるのではなく、変わる「手助け」をする

最近、ふと思ったことなのですが、

 

教育というのは、人に対して

何かを教えるということですよね。

 

その言葉からは、何となく

人を変える、という響きが

あるように感じます。

 

教える。という言葉の印象から

そのように感じているのかも

しれません。

 

ただ、人を変えると考えること自体、

非常におこがましい考えということに

気が付きました。

 

これは、少し考えてみるとわかります。

 

人の考えというのは、常に変わっています。

 

ある日までは巨人が好きだったのに、

ある瞬間に広島が好きになったり。

 

こういったことは、常に起こっていますよね。

 

そして、こういった「変化」が

発生するには、何らかの原因が

必ずあります。

 

何も無いにも関わらず、

いきなり広島を応援するようには

ならないのです。

 

たまたま日本シリーズを見て

そうなったのかもしれないですし、

 

ニュースで広島の特集が組まれていた

からかもしれません。

 

ただ、巨人ではなく、広島を

好きになるという決断をしたのは、

その人自身です。

 

他の人がなんと言おうとも、

巨人が好きな人は、ずっと巨人ファンでしょう。

 

つまり、何が言いたいのかというと、

人が変わる決断をするのは、

変わると決めた人自身がするものであり、

 

他の人が、あなたの考えを直接変える

ことはできないのです。

 

そう考えると、人を変えるという

表現自体、間違っている

ということになります。

 

ただ、人を変えることが

できないからと言って、

人に影響を与えることが

できないかというと、

そうではありません。

 

きっかけを与えることは

つねにできるのです。

 

むしろ、きっかけを与え続ける

ことしかできない、

というのが正しい表現でしょう。

 

そう考えていくと、

真に価値があるコンサルティング

というのは、

 

相手を変容させる気づきを

どれだけ与えることができるか。

ということにかかっていると

言えるかもしれません。

 

ただ論理的に正しいことを

言うだけがコンサルティングではなく、

 

相手の立場に立ち、相手の変容の

手助けをどうするか。

 

それを考え続けることができる

人こそ、真のコンサルタント

言えるのではないでしょうか。